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京都地方裁判所 昭和54年(わ)1479号 判決 1982年10月27日

会社役員

甲野一郎

会社役員

乙山二郎

右の者らに対する建造物損壊、威力業務妨害被告事件につき、当裁判所は検察官藤村輝子出席のうえ審理し、次のとおり判決する。

主文

被告人らをいずれも懲役七月に処する。

被告人らいずれについても、この裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。

訴訟費用は被告人らの連帯負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人甲野一郎は、京都市右京区西院西溝崎町一番地において、一般貨物、重量物の運搬及び重機事業を営む宮川運送株式会社(以下「会社」という。)の代表取締役、被告人乙山二郎は、会社の取締役人事部長であるが、会社ではその従業員の一部をもって組織する全日本運輸一般労働組合京滋地方本部京都地域支部宮川運送分会(以下「分会」という。)との間に昭和五二年九月二三日付及び同年一〇月七日付で会社が分会に対し会社施設(電話、複写機、社宅食堂等)の使用、勤務時間内における組合活動の保障等を認めることを内容とした労働協約を締結していたところ、同年一一月一〇日被告人乙山が入社し、以来専ら同被告人が中心となって分会との交渉に当たるようになり、その結果次第に分会との対決姿勢を強め、同月一九日付をもって分会に対し、右労働協約を破棄する旨通知するに至った。そのため分会側の強い反発を招き、分会では同年末から右労働協約破棄の撤回、年末一時金の支給等を要求して会社と団体交渉を続け、翌五三年五月一日以降無期限ストライキに突入するとともに、同月中旬ころ会社構内にある会社倉庫兼ガレージの一部をベニヤ板やビニールシート等を用いて改造して分会事務所を構築し、同所に分会組合員が常駐して分会業務を執り、夜間も何人かが同所で寝泊りするようになり、また会社構内西出入口付近には鉄パイプ、トタン板、ベニヤ板等を用いて木造トタン葺野菜売店(約一一・一六平方メートル)を建造し所属組合員が共同所有してこれを管理するなど会社構内での争議態勢を強化し、支援の外部労働組合員らも加わって会社及びその取引先の車両の西側出入口からの出入を不能にすると共に東出入口からの出入も牽制する等の行動にでるに至った。そこで被告人ら両名は会社の業務運営を円滑に維持するには、かかる分会の行動を阻止する必要があり、そのためには右野菜売店を破壊撤去するとともに右分会事務所をも解体取壊すことにより分会の組合業務遂行を妨害するほかないと考え、会社専務取締役宮川晴雄、会社取締役営業部長渡辺進及び株式会社松木建設代表取締役松木小太郎らと共謀のうえ

第一  昭和五三年一二月二七日午前五時三〇分ころ、作業員約四〇名を指揮し、バール、シノ等を使用して分会所属組合員らの共同所有にかかる右野菜売店を解体撤去(損害額約四〇、〇〇〇円)し、もって他人の建造物を損壊した

第二  前同日時ころ、前同様、作業員約四〇名を指揮し、バール、シノ等を使用して右分会事務所を取壊したうえ、同事務所内にあった電話設備、事務机、分会事務関係書類等を会社構外へ搬出し、もって威力を用いて分会の組合業務を妨害した

ものである。

(証拠の標目)…略

(弁護人の主張に対する判断)

一  弁護人の主張

本件野菜売店は、分会が会社に無断で、しかも会社の業務を妨害する意図で会社構内から道路に通じる西側出入口上にその全部を封鎖する態様で設置したもので、運送業を営む会社にとって、営業車両の出入の確保は不可欠であり、このような企業存立上最低限の条件すら無視した分会の行為は著しく違法というべきである。また、同様本件分会事務所は、分会が会社の倉庫の一部を無断で占拠し、そこをベニヤ板等で囲んで勝手に構築したもので、同事務所内には分会組合員が常駐し、これらの者によって、残された唯一の東側出入口からの会社ないしその取引先の車両の出入が妨害され、或いは会社管理職に対する乱暴がなされるなど右事務所が会社業務妨害のための本拠となっていた。そこで会社は、分会に対し再三文書でその撤去を要請したが、分会がこれを無視したため、これ以上放置すれば、会社の崩壊につながるおそれがあったので、ロックアウトを通告するとともに、これに付随しその撤去を松木小太郎に依頼し、法律的に正当な撤去の可否をこの種作業の専門家である同人の判断に委ねたものである。従って

(一)  分会の右違法行為こそ会社に対する威力業務妨害罪を構成するものであり、検察官がこの点を放置したまま被告人らに対してのみ本件公訴提起に及んだことは、公訴提起についての裁量の範囲を著しく逸脱した違法なものであり、公訴棄却の裁判がなされるべきである。

(二)  被告人らの本件行為は、分会に対するロックアウト通告に伴い会社構内に存する不法占拠物件を撤去したものに過ぎず、これは会社の正当な業務行為に該当する。

(三)  被告人らの本件行為は、分会側の会社構内占拠、会社業務の妨害が持続し、これ以上放置すれば会社の信用毀損、企業崩壊に直結する危険に直面したので、これを防衛するため止むなく行ったものであって、その撤去行為そのものも平穏に完了しており、正当防衛ないし緊急避難に該当する。仮にしからずとするも、その態様よりみて過剰防衛ないし誤想防衛又は過剰避難ないし誤想避難に該当する。

(四)  本件は松木小太郎やその部下の小森正道らの判断により遂行されたもので、被告人らはこれにつき右松木らや宮川晴雄、渡辺進らと共謀した事実はなく、かつ自らがその実行行為をしたことはないし、これに関し作業員らを指揮したこともないので、無罪である。

(五)  なお、本件野菜売店は、専ら会社構内出入口の封鎖を目的として設置されたもので一度も売店として使用されたことはなく、その構造、設置の場所、用途等からみても建造物損壊罪の客体たる建造物には該当しない。

二  当裁判所の判断

(一)  公訴棄却の申立について

本件公訴事実は、判示のとおり被告人らが分会建造にかかる本件トタン葺野菜売店(約一一・一六平方メートル)を解体撤去したことによる建造物損壊及び分会事務所を取壊して同事務所内の電話設備、事務机、分会事務関係書類等を会社構外へ搬出したことによる威力業務妨害の各事実であって、いずれも労使紛争に関し事態を会社側に有利に展開させる目的で早朝多数の作業員を動員し分会側の抵抗を排除し強引になされた事案であり、前掲各証拠によって認められるそれに至る経緯ならびに犯行態様に照らせば、検察官の本件公訴提起がその裁量の範囲を逸脱したとみるべき余地は全く存しない。他方、分会による右野菜売店及び分会事務所の設置は、分会の労働組合としての争議行為に伴う活動の一環としてなされたもので、これが設置されるに至った経緯等を考慮すれば、これらが会社側の承認に基づかず、またこれにより会社の業務が一部阻害されたことを理由として、検察官がこの点につき分会側に対する刑事訴追の措置をとらなかったこととの不均衡を非難する弁護人の主張は、当を得たものとはいえず、その公訴棄却の申立は採用し難い。

(二)  その余の主張について

本件野菜売店及び分会事務所が、分会の手により、いずれも会社の承認を得ないままその構内に設置されたものであって、これがため会社西側出入口からの車両の出入ができなくなり、又会社の倉庫兼ガレージの使用が一部妨げられたことは、前掲各証拠に照らし弁護人指摘のとおりである。しかし他方、判示のように会社が、既に分会との間で取り交わし実施されていた労働協約の破棄を一方的に分会に通告したことにより、会社と分会の関係が急激に悪化し、これに対抗して分会側が無期限ストライキに突入した中で、その闘争手段の一環として右売店及び分会事務所が設置されるに至ったという一連の経緯にかんがみれば、これの撤去をめぐる会社と分会との紛争の解決には、何よりもまず両者の話し合いによる真摯な努力がなされるべきであって、その結果これによる解決が困難な場合であっても、直ちに私人による自力救済が許されるものでないことは当然であり、会社側としては、法律上必要とされる所定の手続を履践し、それに従って解決をはかるべきである。しかるに、被告人らは、被告人乙山の入社を契機として、分会との十分な話し合いをもつ努力を尽さないまま、専ら分会との対決姿勢を強め、益々これとの対立抗争を深める中で、突然自ら右売店及び分会事務所を破壊撤去したもので、しかもそのやり方は、分会の争議行為遂行を妨げる目的のもとに、いわゆるロックアウトに藉口(ロックアウト自体使用者側による組合の所有又は管理物件の実力排除を許容し得るものではない)その取り毀わし撤去を株式会社松木建設代表取締役松木小太郎に依頼し、その結果、早朝多数の作業員を動員して分会側の抵抗を排除し、強引に右野菜売店を損壊撤去させるとともに、右分会事務所を解体して、同事務所内にあった分会使用にかかる備品、書類等を会社構外に搬出せしめたものであって、これらの行為が許容されるべき事情は何もなく、これが会社業務に関する正当行為とする弁護人の主張は全く理由がない。

次に、右野菜売場及び分会事務所の設置によって前記のように会社の業務が一部妨げられる結果を生じたことは認められるものの、それが前記のように分会の会社に対する争議行為中にその闘争の一手段としてなされたものであることを考えると、その手段自体の当否は暫く措くとしても、これをもって会社に対する急迫不正の侵害とみることができないことは明白であって、これに対して正当防衛の成立する余地は全くなく、また性質上これに対する緊急避難を論ずる余地もあり得ないところである。更に証拠上、弁護人が主張するような過剰ないし誤想防衛又は過剰ないし誤想避難が成立すべき事情も全く見出し得ず、可罰的違法性の不存在を云々すべき余地もない。

また、被告人らは、分会の闘争活動を弱体化し、分会による会社業務の妨害を排除するため、本件野菜売店の取り毀わし撤去及び分会事務所の解体と同事務所内の分会備品、書類等の搬出を計画し、事前に会社専務取締役宮川晴雄、会社取締役営業部長渡辺進らと協議を重ねたうえ、前記のように株式会社松木建設代表取締役松木小太郎にこの事情を打ち明けてその作業を依頼し、その結果右松木が準備した約四〇名の作業員を使役して判示各犯行に及んだもので、前掲各証拠によれば被告人らはその際判示各犯行現場において右作業員を指揮督励していたことが認められ、これらの事実によれば、被告人らが本件各犯行につき、判示のように右松木らとの共同正犯としての刑責を負うべきことは当然というべきである。

なお、前掲各証拠によれば、本件野菜売店は、分会所属組合員がその闘争資金獲得の一助にするため、野菜等を販売する目的で建築設置し共同所有していたもので、直径約五センチメートルの鉄パイプ多数をクランプ(金属製接続器具)を用いて接続して柱、梁などの骨組を造り、その一部を針金を用いて西側出入口脇のH鋼柱に固定し、その東西両側面、後部南側面及び屋根上部にベニヤ板を針金等で固定して張り、その上に波状トタン板を取りつけて外壁及び屋根とし、内部も同様ベニヤ板で床及び壁を張って建築した間口約六・二メートル、奥行約一・八メートル、高さ前部約一・九メートル、後部約二・二メートル、床面積約一一・一六平方メートルのトタン葺小屋であって、屋内に人の出入りが可能な構造となっていたことが認められ、その材質、構造、規模等に照らし、これが刑法二六〇条にいう建造物に該当することは明らかというべきである。

以上のとおりであるから、弁護人の主張はいずれも理由がない。

(法令の適用)

被告人らの判示第一の所為は、刑法六〇条、二六〇条前段に、判示第二の所為は、同法六〇条、二三四条、二三三条、罰金等臨時措置法三条一項一号に各該当し、判示第二の罪につき所定刑中懲役刑を選択し、これらは刑法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により重い建造物損壊罪の刑に法定の加重をした刑期範囲内で本件の各罪質、犯行の態様、その経緯、背景、被害感情等の諸事情を総合考慮したうえ、被告人らを各懲役七月に処するが、同法二五条一項によりこの裁判確定の日からいずれも三年間右刑の執行を猶予することとし、訴訟費用は刑事訴訟法一八一条一項本文、一八二条により全部被告人らの連帯負担とする。

よって主文のとおり判決する。

(裁判官 長﨑裕次)

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